カネキ近藤農園

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やりたいことやろうぜ。 失敗が怖い?行動した先にあるのは失敗じゃなくて成功か大成功。上手くいかなかったなら経験になるし上手くいったらよかったじゃんって話し。

『失敗や挫折をしたことがない人とは、

何も新しいことに挑戦したことが無いということだ』

―物理学者・アルベルト・アインシュタイン氏の言葉

 

 

 

 

 

 

 

はい、どーも、

【主役になれる野菜·矢切ねぎ】

魅力伝道師の近藤です笑

 

 

 

 

 

 

 

50’sのネギージョ・ネギダンの皆さま、

おはようございます いかがお過ごしでしょうか?

自分は、花粉症で頭がボーッとしているのですが、

かと言って、薬を飲むとそれはそれで

ボーッとしてしまいます。

そのような話しを家族でしていたら、

オフクロから、昔からボーッとした子だったと言われました。

どうやら頭がボーッとしているのは、

花粉症や花粉症の薬のせいではなかったようです。

 

 

 

 

 

 

 

今回は、あのヒット商品はこんな「失敗」を経て世に出た

というものを紹介していきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

「失敗は成功の母である」

と発明家のエジソンくんは言いました。

 

 

 

 

 

 

 

そんなエジソンくんの名言に、

あてはまる話しを紹介していきます。

 

 

 

 

 

 

 

「え、あれも!?」

と驚いたら・・・・

X(@kondo_yas)に感想を送ってください。

 

 

 

 

 

 

 

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┃ 豚骨ラーメン

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福岡始まりと言われています大人気の豚骨ラーメン。

 

 

 

 

 

 

 

透き通ったスープしかなかったその頃としては、

耳を疑うような失敗がもとで生まれています。

 

 

 

 

 

 

 

昭和22年(1947年)、福岡県久留米市のラーメン店で、

オーナー・杉野勝見が母親に火の番を頼んで出掛けたところ、

帰宅したときにはスープはグツグツと煮えくり返って

白く濁っていました。

 

 

 

 

 

 

心が折れたオーナーでしたが、

実験的にラーメンを作ってみると、

これまで食べたことのない

こってりとした味に驚きました。

 

 

 

 

 

 

 

失敗したからと破棄していたら、

今の豚骨ラーメンは生まれていなかったかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

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┃ポテトチップス

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老いも若きも大好きなポテトチップス。

食べ出したら癖になるこのスナック菓子は、

お客さまのクレームに

腹を立てたシェフが意図せず生み出したもの。

 

 

 

 

 

 

 

1853年、米ニューヨーク州のレストランで

シェフを務めていたジョージ・クラムは、

フライドポテトをオーダーした客から

「厚すぎてねばついている」と

クレームが入り幾度も作り直す羽目に。

 

 

 

 

 

 

 

ムカついたクラムは、

当てつけにじゃがいもを

極めて薄くスライスして長時間揚げることに。

 

 

 

 

 

 

そうして生まれたのが、

歯ごたえのあるポテトチップスだった

・・・というのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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┃コーンフレーク

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1898年ケロッグ兄弟は穀物をゆでて

グラノーラを作りたかったのですが、

思いがけず数日間ほっぽったために

混合物は腐ってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

ところが、内容物に

乾燥し厚みのあるものをたまたま見つけ、

腐る部分をなくすよう幾度も

テストをやり直した結果

コーンフレークが生まれました。

 

 

 

 

 

 

 

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┃ドーナツ

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19世紀半ばのアメリカに、

ハンソン・グレゴリーという名前の船長がいました。

 

 

 

 

 

 

 

彼の母の作るフライドケーキ(ドーナツ)が常に

中心部分が生焼けだったので

その中心部分をフォークで

つっついて穴を開けたのが

始まりと言われています。

 

 

 

 

 

 

 

中心部分をつっついて穴を開けて食べるなんて

ブチギレられそうですが、それが上手くいった事例。

 

 

 

 

 

 

 

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┃チョコチップ・クッキー

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1930年、ある若い夫婦が

アメリカのボストン近郊で宿屋を

オープンすることになりました。

 

 

 

 

 

 

集客のウリとして何か新しいことにチャレンジしなければ、

というわけで、ルース・グレイヴス・ウェイクフィールドは、

チョコチップを使った菓子の新作を作ることに。

 

 

 

 

 

 

 

しかしながら、熱で溶けると思っていたチョコチップが

想定と異なり溶けてくれませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

失敗作と思われたこのレシピが結果として大ブレーク。

いまだに世界中で気に入られる菓子となったのです。

 

 

 

 

 

 

 

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┃肉じゃが

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明治34年(1901年)、その頃、海軍中将で、

舞鶴鎮守府の初代長官だった東郷平八郎が、

イギリスに留学していたときに食べた

ビーフシチューの味がずっと脳裏に焼き付いており、

艦上食として作るように部下に言いつけたそうです。

 

 

 

 

 

 

 

任された料理長はビーフシチューの作り方を知りませんでしたが、

東郷が「牛肉とじゃがいもと人参が入っていた」

と伝えたため、それをもとにワインやデミグラスソースなどではなく

砂糖や醤油を使って作られたのが、肉じゃがだと言われているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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┃ドンペリ

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スパークリングワイン、

詳細に言えば、シャンパンの誕生は今から約350年前。

 

 

 

 

 

 

 

フランスシャンパーニュ地方の

修道士ピエール・ペリニヨン(ドン・ペリニヨン※ドンは尊称)が、

瓶詰めしたワインをほっぽっていたところ、

瓶内で再発酵がすすんでしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、泡の出たワインは欠陥品とされていましたが、

まずは少しだけ飲んでみたところ、

とんでもなく美味であったことから

シャンパンは生まれました。

 

 

 

 

 

 

 

『最高の女とベッドでドン・ペリニヨン』

―MONEY 作詞・作曲:浜田省吾/編曲:町支寛二より一部引用

 

のドン・ペリニヨンですよ。

 

 

 

 

 

 

 

ドン・ペリニヨンなんて今でこそ高級酒として

広く知れ渡っていますが、この曲(1984年)の後に

社会情勢がバブルになって日本人が調子づき始めて

ようやく「ドンペリ」って単語を徐々に聞くようになったんです。

 

 

 

 

 

 

 

浜田省吾が、「ドン・ペリニヨン」って

言葉を我が国に根付かせたと言っても過言ではありません。

 

 

 

 

 

 

 

この曲、リリースは1984年の10月。

『DOWN BY THE MAINSTREET』

というアルバムの一曲目を飾ります。

 

 

 

 

 

 

当時ぼくは中学1年生。

 

 

 

 

 

 

 

友達の兄貴が運転する

フルエアロ・シャコタンの

Y30セドリックのカーステが初聴でした。

 

 

 

 

 

 

 

フジツボのマフラーの音に邪魔されながら聴きましたよ。

 

 

 

 

 

 

 

雷に打たれました。

 

 

 

 

 

 

 

この曲が出るまで近藤家では「ドン・ペリニヨン」なんて

単語一度も聞いたコトなかったですから。

 

 

 

 

 

 

 

矢切で、5代将軍・徳川綱吉の時代から

300年以上続く農家の近藤家ですら・・・(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

ベッドでドン・ペリニヨンはなんだかスゲーこと!

大人なこと!

 

 

 

 

 

 

 

いつか叶えようぜ。

いつか奴らの足元にビッグマネー叩きつけてやろうぜ。

 

 

 

 

 

 

 

とアホな同級生たちで誓い合ったもんです。

 

 

 

 

 

 

 

もう、それはマニフェストの域で。

 

 

 

 

 

 

とは言っても、この失われた30年間で

しがない庶民にとっては、

純白のメルセデスは言うまでもなく

プール付きのタワーマンションも、

ドン・ペリニヨンもブラウン管の中にも

見当たらないほど別次元の出来事になりました。

 

 

 

 

 

 

 

イマドキの若者はそんなのは都市伝説にすらならないと嘆きます。

っていうか想像もできないでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

今や欲しいとも思わない。

 

 

 

 

 

 

 

ブツとしてのモノが消えた時代。

 

 

 

 

 

 

 

欲ない、夢ない、やる気ない

 

 

 

 

 

 

 

ぼくは・・・

欲望は前進する力を持っていると思っています。

 

 

 

 

 

 

 

あれもしたい。これもしたい。

もっと矢切ねぎを世に広めたい。さらには、マーケットを世界に広げたい。

 

 

 

 

 

 

 

このブログだってあれも書きたい。これも書きたい。

浜省のことだってもっともっと書きたい。

 

 

 

 

 

 

 

あっちの友人にも会いたいし、こっちの友人にも会いたい。

 

 

 

 

 

 

 

あっちにも行きたいし、こっちにも行きたい。

 

 

 

 

 

 

 

マジで時間が足らない、体が足らない。

眠る時間を極力削って事にあたっているけど・・・まだまだ足らない。

 

 

 

 

 

 

 

あれも欲しい。これも欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

欲望のままに生きていたら贅沢だとか

我がままだとか言われてしまいそうですが、

欲望をたくさん持つことって非常に大切だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

欲望があるからこそ、求めるようになる。

 

 

 

 

 

 

 

意欲的になる。行動する。努力する。お金を払う。

 

 

 

 

 

 

 

そして、苦悩もする。

 

 

 

 

 

 

 

欲望がないと、求めること自体がありません。

 

 

 

 

 

 

 

消極的になる。行動しない。努力しない。お金も払わない。

 

 

 

 

 

 

 

言いたいことは、欲望があることによって、

動く原動力になること。手に入れるために行動する。

 

 

 

 

 

 

 

欲望がたくさんあっても全然いい。

 

 

 

 

 

 

 

いつも心に・・・

最高の女とベッドでドン・ペリニヨン

 

 

 

 

 

 

 

ぼくはありだと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

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┃グラタン

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「グラタン(Le gratin)」は、

鍋にへばり付いた「おこげ」や

「こげ目をつける」という意味のフランス語。

 

 

 

 

 

 

 

そもそも「掻き取る」「ひっかく」

という動詞「gratter」にルーツがあるようで、

フランス南部、イタリアに程近いサヴォワ・ドーフィネ地方で、

失敗した焼き料理のおこげが絶品だったという予想外の出来事から

「グラタン」が創り出されたと

言われています(マカロニを使用したのも地域性かもしれません)。

 

 

 

 

 

 

 

それが転じて19世紀以降、

料理の表側を焼け焦がす調理法と

出来上がった料理自体をフランスで

「グラタン」と呼ぶようになったそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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┃チーズ

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ワインのあてにはマストのチーズもまた、

ケガの功名的な話しのひとつです。

 

 

 

 

 

 

 

遠い昔、あるアラビアの商人は

どこまでも続く砂漠をラクダと一緒に旅をしていました。

 

 

 

 

 

 

 

カンカン照りの砂漠では喉がカラカラになります。

そこで彼は羊の胃袋で作った水筒にミルクを入れて、

喉を潤すために旅のお供として

ラクダに結びつけて常備していました。

 

 

 

 

 

 

 

休んでは歩きをループしながら、

しばらく間を空けて、

そのミルクを飲もうとしたときのことです。

 

 

 

 

 

 

 

彼はある異変を感じ取りました。

 

 

 

 

 

 

 

なんとそのミルクは白い塊と水になっていたのです。

白い塊の方を、面白半分から、ひと口食べてみると、

例えようのない旨みが口の中に広がり彼は感極まりました。

 

 

 

 

 

 

 

これは太陽で温められたミルクはその中にいた乳酸菌を増殖させ、

羊の胃袋には凝乳酵素(レンネット)があり、

それが発酵した乳に作用し乳を凝固させました。

 

 

 

 

 

 

 

さらに移動中に揺さぶられることにより、

カード(乳が凝固したもの)とホエー(分離した水分)に分かれたようです。

 

 

 

 

 

 

 

この進め方が現在のヨーロッパでの

チーズの作り方のもとと言われています。

 

 

 

 

 

 

 

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┃高野豆腐

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鎌倉時代中期に、高徳なお坊様が、

豆腐を凍らせたことから生まれたとされる高野豆腐。

 

 

 

 

 

 

 

これも失敗が生んだ成功作です。

 

 

 

 

 

 

 

冬の冷え込む夜に豆腐を外に放置。

誤って凍らせてしまいましたが、

日に当てて溶かして食べてみたところ、

思いの外、美味しく、

その後高野山を中心に関西で普及したと言われています。

 

 

 

 

 

 

 

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┃ウスターソース

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今では食卓に必要不可欠の

調味料のひとつになったウスターソース。

 

 

 

 

 

 

 

19世紀の初め、

英国・ウスターシャ地方に住む主婦が

余った野菜や果実の切れ端を有効に利用しようと

香辛料をふりかけて壺に入れ、

腐敗しないように塩や酢を加えて貯蔵しておきました。

 

 

 

 

 

 

 

その主婦は、貯蔵したことを忘れ、

長い時間放置してしまい、

あるとき、それにふと気づいて開封したところ、

ソースができていた……というのが

ことの始まりと言われています。

 

 

 

 

 

 

 

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┃コカ・コーラ

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コカ・コーラの誕生も、

コカ・コーラの父、ジョン・S・ペンバートンの

失敗から生まれました。

 

 

 

 

 

 

 

時は折しもアメリカの禁酒法時代。

 

 

 

 

 

 

 

薬剤師で科学者のジョン・S・ペンバートン博士は、

酒の代わりになる『代用飲料』と、

モルヒネやアヘン中毒の

治療にも使える『薬』の開発を行っていました。

 

 

 

 

 

 

 

開発は難航。

 

 

 

 

 

 

 

どうにかこうにか1886年にコカ・コーラを作り終えました。

このとき、コーラ原液を水と間違えて炭酸水で割るという

幸運な出来事が重なったともいわれています。

 

 

 

 

 

 

 

コカインが入ったコカ・コーラは発売直後から大当たり。

戦争で傷ついた兵士や学者、医師、弁護士など

ブルジョワジーからも後押しされ、

注目の飲料になりました。

 

 

 

 

 

 

 

それから、誰にでも入手できる飲料に

麻薬であるコカインが入っていることへの国民のストレスが

次第に高まったため、1903年コカ・コーラから

コカインが取り除かれました。

 

 

 

 

 

 

 

その時代、法的にコカインは合法で、

アメリカでコカインが正式に禁止となったのは

1922年のことでした。

 

 

 

 

 

 

 

言うまでもなく、

現在のコーラには、コカインは入っていません。

 

 

 

 

 

 

 

「失敗をする人」と「失敗を許せる人」がいなければ、

コーラは生まれなかったということ。

 

 

 

 

 

 

ですので50’sのネギージョ・ネギダンのあなたも、

誰かが失敗をした時は、コラ!と叱るのではなく、

コーラの話をしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

ナンチャッテ(笑)

 

 

 

 

 

 

 

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┃柿の種

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「柿の種」のパイオニアといえば

新潟の米菓メーカー「浪花屋製菓」ですが、

柿の種が生まれたのは偶然の産物でした。

 

 

 

 

 

 

 

大正13年、その頃は、薄くスライスした餅を何枚も重ね、

小判型の金型で切り抜いて、あられを作っていたそうです

 

 

 

 

 

 

しかし、ある日、

創業者の今井與三郎(いまいよさぶろう)の妻さきが、

その金型を不注意で踏み潰してしまい、

歪んでしまったそうです

 

 

 

 

 

 

そのままあられを作ったところ、あの形に。

 

 

 

 

 

 

 

形が柿の種に似ているということで、

売り出されたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

この柿の種は浪花屋製菓が製法を開示したため、

戦前・戦中・戦後にかけてたくさんの会社が製造し、

新潟では一般的なお菓子になっていきました。

 

 

 

 

 

 

 

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┃ポスト・イット

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ポスト・イットという名称は、アメリカの3M社の登録商標です。

日常的な呼び方でいえば、「付箋」です。

 

 

 

 

 

 

 

つまり、ポスト・イット® は付箋の一種です。

 

 

 

 

 

 

 

このポスト・イット®、

1980年に製品化され全米で爆発的に売れたのです。

 

 

 

 

 

 

 

3M社の研究者であるスペンサー・シルバーは

タフな粘着剤を新しく作ろうとしていました。

 

 

 

 

 

 

 

にも関わらず、出来上がったのは目標としていたものとは違い、

軽くはくっつくものの強固に接着されない粘着剤でした。

 

 

 

 

 

 

 

マイクロスフィアと呼ばれる「剥がせる粘着剤」は、

扱いに困ったまま、5年が経過。

 

 

 

 

 

 

 

その時期、聖歌隊に加入していた

3M社の研究者フライは、

次に歌う讃美歌のページに挟む紙の栞が

頻繁に落ちてしまうことに苛立っていました。

 

 

 

 

 

 

 

そこで、5年前にシルバーが開発した

マイクロスフィアのことを思い浮かべたのです。

 

 

 

 

 

 

 

こうして生まれたポスト・イット®は、

アメリカだけでなく、カナダやヨーロッパ、

そして我が国など世界各地で

人気のアイテムとなりました。

 

 

 

 

 

 

今や、150を超える国々で販売されているほどです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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┃電子レンジ

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マイクロ波による加熱は、

第二次世界大戦が大詰めを迎えていた1945 年、

米国レイセオン社の技術者パーシー・スペンサーが、

レーダー用 マグネトロンの

生産性を向上させる研究中にたまたま発見しました。

 

 

 

 

 

 

 

パーシー・スペンサーは、

ある日、お腹を空かせていて

ポケットにチョコレートを隠し持って、

実験室の中を歩き回っていました。

 

 

 

 

 

 

ややあって、パーシー・スペンサーは

ポケットの中に手を入れてみると、

チョコレートが溶けていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

今今、チョコレートが溶けていたのはマグネトロンから

出ている放射線の作用だと感づいたのです。

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、

同じことが続いたため精査したところ、

レーダーからの電波、

いよいよマイクロ波が

おおもとだということを把握したのです。

 

 

 

 

 

 

 

これを調理に応用したら、食べ物を温めることができるのでは?

それを念頭に置いておよそ2年後、商品化されたのが、

電子レンジだと言われています。

 

 

 

 

 

 

 

世界で初号機の電子レンジの名前は『レーダーレンジ』でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

この後、このテクノロジーが日本にも伝わって、

国産の電子レンジの開発が進行していくのです。

 

 

 

 

 

 

 

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┃プラスチック

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1907年、ベルギーの化学者レオ・ベークランド博士が

割高な樹脂であるセラックニスの替えを研究していました。

 

 

 

 

 

 

 

悪戦苦闘の末、できたのは柔らかくて使い物にならない素材でした。

 

 

 

 

 

 

 

とは言うものの、その問題作を型に流し込み熱を加えると、

耐熱性にも耐久性にも圧倒的な新しい素材だということを

探り当てたのです。

 

 

 

 

 

ベークランドは、この人工的につくられたプラスチックに

「ベークライト」という商品名をつけ、

1909年に特許を取得。

 

 

 

 

 

追って、ベークライトは実用的な材料として広く使われ、

プラスチック時代の到来を後押ししました。

 

 

 

 

 

 

そのため現在、ベークランドは「プラスチックの父」と呼ばれ、

その成果が認められています。

 

 

 

 

 

 

 

※各エピソードについては、

諸説ある中のいちばん有力な説をご紹介しました。

 

 

 

 

 

 

 

人が生きていくということは、

思い通りにいかないことはごろごろあります。

 

 

 

 

 

 

 

けれども、それは「思っていた道とは違う他のコースに行った」というだけ。

 

 

 

 

 

 

 

思っていた道とは違う他のコースにも

いいことや幸せはあるもの。

 

 

 

 

 

 

 

そこを受け止めると、大事なことは失敗しないことではなく、

失敗だと絶望せず思っていた道とは違う他のコースを

受け入れられる精神と言えるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

これはぼくたちの愚行や過ちも同じで、

「普通はそうしないだろう」といった失敗は

よもや、そこがストロングポイントになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

考えられないしくじりをした人の話しは笑いを誘うし

不死鳥のように蘇った人の心は強くなるし、

リスクをとった過去がある人は着想に奥行きがあります。

 

 

 

 

 

 

 

その人の人間味を面白くしているのが

過去失敗した経験なんです。

 

 

 

 

 

 

 

それどころか、誰もが見通しが立つ行動しかせず、

勝てる可能性のある勝負しかやらず、

出来レースしかしなかったら、

試合に勝っても勝負に負けてるんです。

 

 

 

 

 

 

 

端的に言えば、失敗してしまったこと。

普通はやらかさないこと。

 

 

 

 

 

 

 

それはさ、あなたの魅力なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

100パーセントの力を出し切った取り組みは、

失敗してもストロングポイントになるんだから成長。

 

 

 

 

 

 

 

「挑戦の先には、成功か成長しかない。」

 

 

 

 

 

 

 

だからさ、

50’sのネギージョ・ネギダンのあなた、

チャレンジングに行こうぜ!!

 

 

 

 

 

 

 

成功は約束されてない

でも成長は約束されている

成長の向こうに成功はある。

 

 

 

 

 

 

 

さぁ、今日も失敗を恐れることなく前進しようぜ!

 

 

 

 

 

 

最後まで読んでくださったあなたに

心よりの感謝を。

 

 

 

 

 

 

次回はもっと面白い記事を書くのでお楽しみに!

感想やご意見は、X(@kondo_yas)でお待ちしております。

 

 

 

 

 

 

 

それじゃ、今日はこの辺で。

 

 

 

 

 

 

良い一日を〜♪( ‘ω’ و(و ”

 

 

 

 

 

 

 

 

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カネキ近藤農園の矢切ねぎ 来シーズン(2024年11月中旬~)予約販売 開始

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夏が過ぎますと、

来シーズンに向けてのご注文が殺到することが予想されますので、

ご検討の方は少しでもお早目のお問い合わせをどうぞよろしくお願い致します。

 

 

 

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カネキ近藤農園では取材、撮影等を積極的に受け付けております。

 

 

 

 

 

 

 

当園の取り組みについて、

多数の媒体にて

数々取り上げていただく機会

https://yakirinegi.com/media)をいただきました。

ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

皆様のお力をお借りして、

少しでもたくさんの方に「矢切ねぎ」の

機能性や健康成分などについて知っていただければ

嬉しく思っています。

 

 

 

 

 

 

 

可能な限り取材協力をいたしますので、

取材のご希望などございましたら、

下記の項目をinfo@yakirinegi.comよりお知らせ下さい。

 

 

 

 

 

 

 

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